◆省エネ改修
2011.06.13


2011.06.13


2011.06.03
今回でボランティアレポートは最後になります。
ボランティア活動以外での出来事などを書きます。
■仮設住宅




仮設住宅の建設現場を見てきました。整然と仮設住宅が並んでいました。費用と時間を使わずに建てていると思うので単調な風景になっていますが、家をなくした被災者の方のために工期が短くて精度のよいものを建ててほしいです。
■震度6の余震
4月7日23時ごろ震度6の余震発生し、50cm~1mの津波警報がでました。震度6は初めての体験でした。この時は避難所で寝ていて、揺れと建物のきしむ音がすごく、津波警報がでたときはこの後どうなるのかと不安と心配でいっぱいでしたが、結局津波は来なくて本当にホッとしました。
この地震で避難所の電気が止まり、数時間自家発電が作動しました。防災設備が作動するところも初めて見ました。発電機は轟音をたてて作動し、照明をつけてくれていました。これまでは防災設備のことを「一度も使わない可能性があるのに時間をかけて設計しないといけないから厄介だなぁ」と思っていたのですが、この日は防災設備の重要性を教えてくれる出来事となりました。
■今回の災害で気づいたこと
・オール電化の住宅は電気が止まると生活できない。
・都市ガスよりプロパンガスの方が復旧が早かった。
・昔の生活のほうが災害時に対応できた。
便利な設備に依存して生活していると、その設備が機能しなくなったとき何もできなくなってしまうようです。
■被災者のことば
・「今は地球が怒ってゴミを返された感じ」
・「この家に住む気にはなれんなぁ・・・」
・「津波が来たときは2階に避難したけど、私の家の両脇の家は全壊して、自分の家ももう駄目だと思って本当に死ぬかと思った」
・「家の車はどこに行ったのかなぁ」
・「築1年半の家がボロボロになった。ボクシーも廃車になった。着の身着のまま逃げてきた」
現地で聞いた被災者の方がおっしゃっていた言葉で印象に残ったものをピックアップしてみました。
失ったものや経済面で事態がとても重いのに、みなさん笑顔で話されていた。
国を通しての援助やその他の支援で、一日も早く普通の生活に戻ってくれることを祈ってます。

(T.K)
2011.05.29
石巻市ボランティアセンターではガレキ・泥だしの他に避難所のボランティアにも参加してきました。専修大学の4号館が避難所として使われており、150名ほどが避難されていました。
ガレキ・泥だしのボランティアは、例えば「16時までにこのスペースをきれいにする」という分かりやすく、はっきりとした目標があるので、自分は何をすべきなのかを判断したすかったのですが、避難所のボランティアは食事の用意以外には特に何時までにこれをしなければいけないというものがなく、避難所のリーダーの方には、言われる前に動くようにしなさいと言われていたので、何をしたらいいのかを判断することが難しかったです。
主にやっていた作業は、
・朝・昼・夕飯の準備
・避難所を清潔にするために出入口のドアや手すりを消毒すること
・配給物資の整理・後片付け
・避難所内での催し物の準備
でした。
避難所のボランティア中は、避難されている方と同じものを食べさせていただいて、同じ部屋で寝させていただきました。
4月の東北はまだかなり寒かったのですが、部屋は空調がされているので暖かかったです。でも一つの部屋(教室)には複数の世帯が入居されていて、長机で簡単に仕切っているだけなのでプライバシーがなく、夜寝るときは音をたてないように気をつけたりと何かと注意が必要で、1、2ヶ月ここで暮らしている方の心労が心配になりました。
食べ物は朝、昼はおにぎりと菓子パンで、夜は炊き出しというメニューでした。菓子パンは甘いものばかりでした。毎日必ず配給がある環境はすばらしいと思うのですが、いつもおにぎりとパンだけというのはなかなか寂しいものがありました。カレーパンやコロッケパンが来たら喜ぶ方が多かったです。
被災者の方は緊急事態で見知らぬ人としばらく共同生活をすることになり、私がボランティアでいた間にも多少の揉め事もありましたが、皆さんトイレ掃除や水の補給、配食の時は協力し合っていました。それに、私に気さくに接していただいて、食べ物を分けていただいたり、ダンボールの縛り方を教えてくれたり、津波が来たときのことを話してくれました。最後にお別れをするときも暖かく見送っていただいて、自分もこの方々のように強くて優しい人になりたいと思いました。


夜の炊き出し・・・雑炊、カレー、そば、あじの開き、さつま揚げ、味噌汁、カレーうどん、大根の煮付けなどがありました。


左上:自衛隊の給水車(タンクには1,000リットルの水が入るそうです)
右上:ボランティアでフルートの演奏をされたソン・ソルナム氏
世界各国でコンサートをするほどの達人です。
(T.K)
2011.05.21
今回はガレキ、泥だし作業のボランティア活動についてお伝えします。
作業時間は9:00から最長で16:00までで、割と早く切り上げるのですが、終始かなりの力仕事で大変でした。特に建設現場で働いている方と一緒のチームになったときは、足手まといになりたくないという思いがあったため、心が折れそうなくらい無理をして動きました・・・。
ヘドロが厄介者で、ネバネバで重たくて臭いので取り除くのがおっくうになります。土納袋に入れて一輪車で運び、道路脇に置いてくるという作業が思ってた以上にハードでした。泥だしは大変で一人ではとてもやる気になれないです。
屋内のヘドロを出した後のふき掃除も大変でした。拭いても拭いても綺麗にならないのです。ハウスダストや粉塵が舞っているせいか、くしゃみが止まらず、目もかゆくなりました。
その日初めて会う方とチームを組んで作業をするのですが、目的意識が同じなので連帯感を持てて気持ちよく作業ができました。
連帯感を持って作業ができるもので効率もよく、きれいになった現場を見ると達成感があり、嬉しくなりました。
そして依頼者の方が皆さんとても優しくて、ご自分が一番大変な思いをしていらっしゃるのに、私たちボランティアに気遣ってくれて、差し入れを出していただいたり、笑顔で振舞ってくれて、作業が終わると喜んでいただいて、とても充実した気持ちにさせてくれました。


左上:ボランティアで訪れたお宅のうちの一軒。作業中の様子
右上:ガレキ・泥の集積場(この場所のお隣の家のご主人はご高齢でいらっしゃるのに手前にある電柱に登って津波から避難し、6~7時間電柱に掴まっていたそうです。)


どちらも作業後の様子
・持ち物
必須・・・着替え一式、ヘルメット、長靴、ゴム手袋、作業カッパ、手ぬぐい、マスク
あると便利・・・カットバンと消毒液、名刺、小さいデイバッグ
・ボランティア保険
前日に社会福祉協議会で加入。720円一年有効。現場往復の交通事故にも対応。
・参加の流れ
受付(8:30~)→チーム作り→作業の説明→道具を借りる→現場付近まで車移動→作業→
16:00終了→ボランティアセンターに戻る→道具の水洗い→報告書作成→解散
・仕事内容について
瓦礫、ヘドロの撤去
1日1軒を1チームで片付けるペース。
作業単純なので一日のみの参加でも力になれる。
・作業道具は倉庫で貸し出しをしている。 (物資は供給多過になるほど充実していた)
・意識したこと
作業時間が16時までのため、どこまで終わらすか目標を立てて、ペース配分を考えた。
まだ使えそうな物、アルバムなど思い出の品など放り投げる前に依頼者に確認する。
瓦礫は釘が出ているものがあり、運ぶときは声を出して注意し合った。
全体の作業がはかどるためにしたほうが良いことを考えて、提案した。

←ボランティアセンター倉庫内
(作業用具は充実している)
(T.K)
2011.05.12
今回はボランティアセンター(専修大学)の様子について書きます。
・山と川に囲まれた静かで広いキャンパス
・芝生があり、そこにたくさんのテントが張られていた。
・ボランティア用に仮設トイレがずらりと並んでいた。 仮設トイレの種類はいくつかあった。
①洋式
②和式 (排水口に蓋が有るものと無いもの。蓋が無いものは見た目がひどく汚い)
③男子用小便器のみのもの (排水口が詰まっていてひどく汚なかった)
④ひとつのボックスに小と大の便器と手洗いが付いているもの
(よく清掃されていて気持ちよく使用できた)
基本は手洗いの水はなく、夜は明かりもないので一人ひとりが常に綺麗に使う心がけが
大切でした。管理者の方を気の毒に思う・・・。
・ボランティアセンターの受付には毎朝多くの人が集まる。
・4号館は避難所として使用していた。

陸上トラックの芝生に張られたボランティアの方のテントの数々

仮設トイレ(手前の大きなものが小・大便器・手洗いがあり、常に綺麗だった素晴らしい仮設トイレ)

朝8:30頃のボランティア受付付近。ボランティアに来る人は9割ほどが男性で、学生から50歳台の方まで年齢層は幅広く、女性の参加者は若い人が多かったです。
専修大学は地震で一部地面が凸凹になったところがありましたが津波の被害はなく、被害がひどい地域から近い場所にあり、広い芝生と駐車場があるため、大勢の人が集まるボランティアセンターとしては適した場所でした。ウグイスが鳴き、桜が満開になる時期で、北陸と違い天気が良く、とても気持ちの良いところでした。
ただ、風が強かったです。それに、夜は寒いので気を抜くとすぐ風邪を引いてしまいそうでした。
私立大学なのにキャンパスをボランティアセンターと避難所に使用させてくれた館長も非常時に対してのボランティア精神が強い方だと思いました。
(いろんな組織のテントや巨大な半球の多目的用テントもありました。)



(T.K)